言語聴覚士といえば病気や事故、または加齢により発声や聴覚、食事に関する機能が低下した方に対し検査を行い、訓練や指導による支援を行う職業であるというイメージを持たれている方が多いかと思います。そのため言語聴覚士が働いているのは、病院や福祉施設などの医療・介護分野だと思われるかもしれません。
しかし、最近では、教育分野で活躍する言語聴覚士も増えてきています。教育分野で働く言語聴覚士が対象とするのは、子どもに生じた発達障害や言語障害、発音障害、聴覚障害など多岐にわたる障害であり、これらの障害を持つ子どもに対し、検査・訓練・支援を行うのが主な役割です。また教育分野では、保育士や幼稚園教諭、小学校の教員などとも連携し、保育園や幼稚園、小学校での子どもの様子も参考にして、どのような訓練が必要なのかを見極め、子どもたちの成長の可能性を探り発達を促していきます。
例えば、学校ですぐにケンカしてしまう子どもや、落ち着きがなく椅子に座っていられない子どもの行動の原因を探り、その原因や問題行動の対処法を教職員の方へ分かりやすく伝えたり、実際に発達を促す訓練を行ったりします。また、教職員や一般の親御さんに向けて発達障害に関するセミナーを開催することもあります。セミナーでは、子どもの発達障害に関する知識や、発達障害を抱えるお子さんとの適切な関わり方などをお伝えすることが多いです。お子さんと適切に関われるようになることで、問題行動が軽減することも多いですから、お子さんがより良い日常生活を送れるようになるためにも、教職員や親御さんに適切な関わり方を理解してもらうのはとても重要です。
このような小児分野での取り組みが増え、小児領域で働く言語聴覚士の認知度が上がってきたことも要因となり、最近では教育現場で働いていた方が言語聴覚士の資格取得を目指し本学に入学されることも増えてきています。
○実例:ことばの教室での取り組み
多摩リハビリテーション学院専門学校では、小児領域を対象とした「ことばの教室」(2019年に閉講)を開設しています。「ことばの教室」は、近隣地域の発達障害を抱えたお子さんを対象とし、小児領域を専門とする本学の教員が言語発達やコミュニケーションの困難さについての相談・検査・訓練を行うサービスです(1回3,000円)。ことばの教室に来られるお子さんたちは、ことばが遅れている、ことばが少ない、誤った発音をする、ことばにつまる(どもる)といった「ことば」に関する困難さを抱えるお子さんだけでなく、目が合わない、落ち着きがない、お友達と一緒に遊べないといったお子さんも含みます。
ことばの教室では、お子さんの特性に合わせた個別の指導計画を立て、一対一で個別指導を行います。個別指導にあたり、生育歴についてうかがったり、行動観察や言語検査、知能検査などの諸検査を実施したりします。ことばの教室の指導時間は、お子さんを訓練する時間と、親御さんとの情報交換やお子さんとの関わり方を助言する時間を併せて1時間程度です。ことばの教室では、近隣地域の発達障害を抱えたお子さんをお持ちのご家族、並びに小児リハビリテーションへのニーズにできる限りお応えし、より質の高いサービスを提供することを目指しています。
○特別支援学級教員、山﨑暁(やまざきさとし)さんの実体験
私は、知的発達に障害のある子どもたちが通う特別支援学校で、非常勤として月に1回、主に小学3年生の教育支援を行っています。学校の先生から相談される内容は、「発音を良くするにはどうすればよいか」「話すように促すにはどうすればよいか」ということが多く、これらの課題に対し、その子の特性をみて、個別プログラムのポイントを学校の先生に伝え、授業で工夫できることを一緒に考えます。たとえば、「発音を良くする」ことについて相談を受けたときは、どのような音ができているのか、どのような音が間違っているのかを注意深く聞き取ります。そのうえで、発音が悪い原因は、聴力障害としての耳の聴こえの問題なのか、音を聞き取るための注意力の問題なのか、口の動きの問題なのか、または知的発達の問題なのかなどを判断し、個別プログラムを立案します。
ある日、学校の先生から「理解している言葉はたくさんありそうなのに、会話が噛み合わない。どうしたらよいでしょうか」と相談を受けました。そこで、相談を受けたお子さんを観察すると、確かに身の回りの多くの単語を理解していました。しかし、場面を限定し、理解している単語の絵カードを6枚並べ、その中から例えば「つくえ」「りんご」「いぬ」の3枚を取るよう求めると、2枚しか取ることができませんでした。また、会話が噛み合わない様子をよく観察してみると、どうやら会話の途中で何を聞かれているのか分からなくなってしまうようでした。このことから、このお子さんは、相手のことばを聞き取る「注意力」と相手のことばを覚える「記憶力」が弱いのではないかと推察されました。つまり、会話が噛み合わない原因は、注意力と記憶力の弱さにあったのです。そこで、学校の先生に「お買い物ごっこ」をしてみてはどうでしょうかと提案しました。お買い物ごっこでは、先生がお子さんに「リンゴとバナナを買ってきて」などとお使いを頼みますから、相手のことばを注意深く聞く力と記憶力を伸ばすことができます。また、お店では、お子さんがお店役に「リンゴとバナナをください」と伝えますから話す練習にもなります。
後日、お買い物ごっこを授業に取り入れたら、だんだんと覚えられることばの数が増え、会話するときも相手の顔をしっかりみるようになってきたと先生からお聞きしました。また、なにより嬉しかったのは、「近頃、家でもお手伝いをするようになりました」とお母様からお聞きしたことでした。子どもたちの特性を理解し、成長のきっかけを作る個別プログラムを立案することは容易なことではありません。しかし、子どもの特性を学校の先生や親御さんと共有し、適切な個別プログラムを実施できたとき、子どもが成長するだけでなく、子どもを支える大人たちの関わり方が変わり、子どもたちは社会のなかでイキイキと生活できるようになります。言語聴覚士が特別支援学校の教育支援員として、子どもたちに直接働きかけることは、まだそれほど多くはありませんが、私は今、この現場では、子どもの未来に関わっているという責任と大きなやりがいを感じながら働いています。
監修:言語聴覚学科教員 山﨑 暁
プロフィール
2000年~2003年:介護老人保健施設マザリー三条
2003年~2007年:介護老人保健施設ケアピース
2007年~2013年:新潟リハビリテーション専門学校
2013年~:多摩リハビリテーション学院(学院専門学校) 非常勤として
2010年~:国家試験対策予備校SLINT 講師
2014年~:多摩桜の丘学園 教育支援員